うさぎになりたいかめさん。

社会人で受験生でゲイ寄りなバイな男の記録兼、日記兼、愚痴ノートです。

26回の善いことの回②

今日会った友人に、「なんか今日、いつもより目が優しくない?」と言われた。いつもどんな厳しい目してんの?って突っ込んだけど。。

すぐ顔に出るんだよな。自重しよう。うん。



善いことをするってのは世のため、人のためって子供の頃は思ってた。手伝いすれば先生や親、大人は喜ぶし、誉めてくれた。善いことをすれば良いことがある。そんなイメージが定着していったんだと思う。

けど、年齢が上がるにつれて、周りの目が気になってしなくなっていった。子供の頃は簡単にできてたことを。

社会に出てからもそれは変わらなかったんだけど、一度社会から離れてみたら、思っているほど周りは自分のことを見てなくて、自分が何をしようとも関係なく社会は回ってた。

自然と体は軽くなってた。


先週、元職場の人達に会いに行った。
街は平日のお昼にも関わらず人で溢れてて、鹿児島負けてんな笑って思いながら歩いてたら、行き交う人のなかにスピード感の違う人が一人いた。

簡易的な車イスに乗ったそのひとは少しずつ手で歩みを進めてて、街の人たちはその人から一定の距離を取るようにあるいて、そこには何も見えてないように歩いてる。そんな気がした。

きっと慣れてるだろうし大丈夫だよね?って自分を納得させて街の人たちと同じように、その人の隣を通りすぎた。

なにかが引っ掛かった。

振り向いてみると、自分と反対方向に歩みを進めるその背中がひどく寂しそうに見えた。気のせいかも知れないけど、そのときはそう思ってしまった。

悩む必要はなく、来た道を戻ってその方に声をかけた。こちらの申し出を嫌な顔せず受け入れてくれて、向かってた横断歩道は車イスだけのスピードではとても渡りきれるものじゃなくて、改めて手伝って良かったって思った。

渡り終えた少し先までで大丈夫ってことだったので、その場で別れて待ち合わせ場所に向かった。


もしかしたら余計なお世話だったかもしれない。けど、それでも良かった。

相手が助かったから、喜んでくれたから、子供の頃はそれで納得してたんだと思う。

けど、いま自分が善いことをするのはあくまで自己満のため。やってる俺かっこいい!そんな感じで浸ってれば、負担に感じることもなく動ける。その過程で誰かのためになってるんならそれでいいやって思えるようになった。良い子の僕はもういなくて、自己満のために生きてる俺がいる。

それでいいって今は思う。